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私の便秘の歴史は4〜5歳の頃にさかのぼります。
その頃父の転勤で田舎に住むことになり、貸家を探したのですが見つからず、
仕方なくある老婆の屋敷を間借りさせてもらうことになりました。
昔の家はトイレと風呂が外にあったんです。トイレも庭先にありました。
その家には老婆が放し飼いにしている大きい犬がおり、毎日庭を
走り回っていました。私はその犬が怖くてろくろく外にもでられない状態で、
トイレも母についていってもらっていましたので、自然と我慢する癖がついて
しまいました。
それからしばらくして貸家が見つかり引っ越したのですが、その家も田舎の作りで
トイレが家の一番奥にあり、子供心に怖い場所でした。
勇気をもって望まなければならない場所だったんです。
ポットン和式便所で高さもありましたから、落ちたらもうおしまいです。
おぼれて死んでしまいます。足を乗せるのにもひやひやでした。
そんな状態で、毎日排便が苦痛になっていました。
便秘になるのは当たり前ですよね。
家は高台にあり、汲み取り車のホースも届かないので、母は定期的に自分で
汲み取らなくてはならず、そのために畑を作って野菜を育ててました。
畑に畝を作って天秤棒で運んでそこにまいていました。知らずによくその畝に足を取られ
臭い思いをしたものです。みなさん知ってます?天秤棒。
今では考えられない事ですよね。野菜の種まきの頃は家の中まで臭いにおいが
毎日漂っていました。
そうして始まった私の便秘の歴史、それから苦しい日々がまだまだ続くんです。
小学校の頃って女の子は特に匂いがするのがいやで学校で大便をしないんですね。
私もそうでした。
ある日、どうしても学校でウンチがしたくなり、誰もいないのをみはからって
トイレにはいったのですが、しばらくして2〜3人の女の子がトイレに入ってきて
“わぁ〜くっさあい、ねぇ臭いよね、うん臭い!”という声とクスクス笑う声が聞こえ
てきました。恥ずかしさで出るに出られずしばらく中で出て行くまで息を殺して
待っていました。
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そんな事もあり、学校ではもう二度とウンチはするまい!と誓ったのでした。
そんな私と同じ思いをしている子、いまだに多いんじゃないでしょうか?
それから5日に1回出ればよいほうで、悩む日々が続きました。
その後病気をしてその苦しさも重なってえらい目にあいました。
便秘が引き金で活性酸素が発生し、病気になったのではと思っています。
今思い出しましたが、小さい頃身体のあちこちに出来物の良く出来る子でした。
特に顔に。
元気になった今は、おかげで健康な身体の大切さを痛感させられましたので、
食生活から始まってあらゆる面を改善することを努力しました。
今では毎日必ず排便しています。絶対に我慢しないですし、
トイレに座っている時間を作るようにしています。
食べたものの栄養を吸収し、残りは速やかに出す。この単純かつ最も重要な
行為をおろそかに考えていたら、体中にいろんな弊害をおよぼして、知らぬ間に
後しっぺ返しが来ること必至です。こころしましょう。
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